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「何で名前で呼んでくれないんだ、」
氷川さんは何気なく聞いたんだろうけど、
「ないしょです。」
ぼくの思わせ振りな返事に、子どもみたいに教えてくれと訊いてくる。
享介と呼ぶのに抵抗があるのは、実にくだらない理由。
例えば女ともだちは享介と呼び捨てにするか、氷川くん。ラグビー部のチームメイトは氷川とか、享介で、年下の人なら氷川先輩と呼ぶのだろう。でも氷川さんって呼ぶの人は、あまり居ないんぢゃないかと思う。
他の人とは違う呼び方は、たくさんの人に囲まれた氷川さんへの、ぼくの精一杯のアピール。
「教えろよ、凛一。」
「他の人と同じは嫌なんです。」
氷川さんは納得いかない顔をしてたけど、くわしく説明するつもりはない。いつか氷川さんが、ぼくだけを見てくれるようになったら。その時は「享介」と名前で呼んでも良いかな、と思う。
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