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日に日に顔色が沈んでいく浦里に我慢がならず、来島を呼び出した。
「先生、浦里のことどうするつもりなのさ、」
泣かせたら許さないよ、と先手を打ったつもりだったのに
「享のこと、好きなのかい、」
揶揄われて気分が悪い。
「そんなあからさまに言うもんぢゃないでしょ。」
「真木が心配するようなことはないよ。」
「如何だか、」
「世間はみんな忘れてるみたいだけれど、美也子と俺で親代わりをして享を育て来たんだ。それを今さらになって手放なす気はないよ。」
「本当か、如何か疑わしいね。」
「亨は内にこもる方だから心配でつい世話をやいてしまう、ただそれだけだよ。何だい真木が聞くから答えただけぢゃないか、」
「心配なんだ。浦里って庇護欲をそそるタイプだし、」
ふたり同時に吹き出す。
「確かに守ってやりたくなる風情だけど亨が聞いたら怒るよ。」
「そういう事なら手を貸さないわけでもない……」
思案顔の真木は何やら企んでいるらしく来島の表情を伺いながらこう続けた。
「先生に非が行かずに、なおかつ浦里に同情がいくようにね、」
「そんなことをして真木は平気かい、」
「親友のために動いた良い子ってなるようにするさ。取り敢えず浦里を安心させてやりなよ、おれが今から呼んでくるからさ、」
それからしばらくして後のこと。引越し先へ遊びに来た真木を駅まで迎えた浦里はさっそく揶揄われていた。
「ちょっとは感謝してる、」
雨降りなのに、真木が傘を忘れたので一つ下にふたりで入る。
「勿論。今こうやって本川で兄さんと暮らして居られるのも、全部真木のお蔭さまです。」
雨音にかき消されて声が聞こえにくいので、自然と肩を寄せ合うようになった。
「敵に塩送ってでも好きな人の幸せを願うだなんて、俺ってばすごい良い人だよね。」
真木が調子に乗ってくる。確かにそうだけど、と思いながら浦里が答えあぐねていると、
「ちょっとぐらい見返りが合っても良いと思わない、」
運良く不穏な空気に気付いた浦里は間一髪、後ろへ退いた。
「何するつもりだよ、」
「誰もいないし傘に隠れて見えないんだから、別に良いぢゃないか、」
「問題はそれだけぢゃないだろう、」
「何が」
「ぼくの意思はどうなるんだよ、せめて了解を取ってからにして貰いたいね。」
「いちいち聞くなんて野暮なことしないよ。あぁ、来島はそういう流儀なのかい、」
「兄さんはこんなことしない」
ふたりが揉めている間に雨はいつの間にか止んでいた。腹の立った浦里は、自転車で迎えに来ていたので罰として真木に漕がせて、自分は後ろに乗ることにした。
坂道でも降りてやらずに、スピードを上げさせる。その割りに真木は文句ひとつ言わずに家まで着いた。
「真木、帰るときはぼくが乗せて行ってやるからさ、」
怒っていると勘違いした浦里が真木の顔を見ると、やけに嬉しそうだ。何かと思っていたら
「浦里にもわかるように言ってやろうか、相手がおれぢゃなくて来島だったらどうする。ずっと抱きつけて良いと思わないか」
真っ赤になった浦里が油断しているのを真木が見逃すはずもなく、両手を押さえられて良いようにされてしまった。
「真木はこのぐらいどうってことないんだろうけどね、」
浦里が目を潤ませながら言う。
「そんな可愛い顔するから悪い。」
真木が悪びれもせず嬉しそうに笑うので、浦里の堪忍袋の尾が切れてしまった。
真木はしばらく口を利いて貰えなかったらしい。
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