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またここであいましょう [夏至祭] 黒蜜糖 & 銀色





 夕飯を終えて食器を洗っていると、スプゥンがカチャカチャ鳴る音が聞こえてきた。台所から出ずに顔だけ部屋の方へ出してみると、黒蜜糖が食べ切ってしまった蜂蜜の罎を手に持って、名残惜しそうに底や側面に付いている蜜をかき集めていた。よく見ると罎の口の所だけ綺麗に透き通っている。罎の口から舌を滑り込ませて舐めたのだろう、黒蜜糖の口の周りは蜂蜜で汚れていた。銀色は小さな壜の口と必死に格闘する黒蜜糖の姿を思い浮かべ、笑ってしまった。

「もう良いかい、片付けるよ。」

 頃合をみて背中の方から声を掛けると、黒蜜糖の体が面白いくらいビクリと揺れる。

「あ、うん。ご馳走さま。」

 しどろもどろになりながら、黒蜜糖は銀色を振り返って律儀に手を合わせ、頭を下げた。

「お粗末さまでした。」

 銀色はそう返しながら、食卓の上を片して行く。黒蜜糖はさっきのまま顔を上げずに、汚れた口元を隠しながら、おずおずと罎を差し出してきた。銀色は受取った壜を盆の上に載せると、台所へ戻った。 卓上に広げた大きな布の下で、隠すように握られた銀のスプゥンには勿論気付かない振りをして……。居間にいる黒蜜糖も落ち着かな気に此方の様子を伺っているのだろう、見てはいないが銀色は気配でそれを感じ取って微笑んだ。





 砂糖と水とバタを鍋に入れ、スプゥンでぐるぐる混ぜると香ばしい香りが匂い立つ。これでもかというぐらい泡立てた温かい牛乳の上へ、最後の仕上げをする。鍋からスプゥンでキャラメルを掬い、牛乳の上へ流して渦を描いた。随分と注いだつもりだが、黒蜜糖のことだからもっと入れたいというかも知れない。そう思ってもう少し垂らしおく。それでも鍋にはまだたくさん残っていた。銀色はちょっと作り過ぎたな、と思いながら一旦鍋を置き、ハトロン紙で底の浅い箱を作って、その中に残りのキャラメルを流し入れた。





 盆の上に茶碗を乗せて部屋へ行くと黒蜜糖はまだスプゥンについた蜂蜜を舐めていた。

「黒蜜糖、」

 呼びかけるとスプゥンが床に落ちてカツンと音をたてる。

「ごめん蜂蜜を切らしていて、さっきの壜でもう終わりだったんだ。今日はこれで我慢して呉れる、」

 銀色がわざとそんな風に言ったので黒蜜糖も澄ました顔をして

「うん別に構わないよ、」

 なんて澄ましている。卓の上に茶碗を置くと黒蜜糖が匂いをかいで眉をしかめた。

「ねぇ、これ苦くない、」

 黒蜜糖にかかると香ばしい芳りも、焦げ臭いと取られてしまう。茶碗を手に逡巡する黒蜜糖に、

「騙されたと思って呑んでごらん、甘いから。」

 銀色が微笑みながら促がすと、ようやく口をつけた。

「あれ、美味しい。」

 蜂蜜とは違うコクと苦味に途惑っていたようだが、何とかお気に召したみたいだ。

「良かった。」

 銀色はそろそろ固まったはずのキャラメルを取りに台所へ戻った。





 茶色い板に包丁で筋を入れてから、手で割っていくと、四角いキャラメルが出来上がる。それを籠に盛って部屋へと運んだ。

「黒蜜糖、」

 牛乳で躰が温まった所為で眠くなったのだろう。黒蜜糖は食卓の上に突っ伏していた。

「うぅーん……。」

 瞼を擦って起きようとするが、一度沈んだ頭はもう上がらないようで、

「ほら寝台で眠らないと風邪をひくよ、」

 銀色が嗜めても、いやいや、と頭を振っている。仕方がないので薄い上掛けを持って来て体をくるんでやった。





 赤や緑、色とりどりのセロファンの、小さな正方形に切ってある真ん中に、キャラメルを置きくるくる巻いて端をキュッと捩じり上げる。カサカサと音をたてるセロファンに、眠っていた黒蜜糖も起きだして

「ぼくも手伝って好い、」

 と訊いてきた。

「もちろん。」

 洋燈の灯りを写してキラキラと光るセロファン。いつもと違う特別なものを感じ取った黒蜜糖が、夢中で動かしていた手を休め、面を上げた。黙ったままでいても仕様がない。

「月彦にお土産に持って帰ってもらおうと思って。」

「そう、」

 銀色の言葉に上の空で相槌を打つ黒蜜糖は今度は少し上を向いて体を捩った。

「ねぇ銀色、もうすぐお別れだね、」

 黒蜜糖の顔は銀色には見えなかったけれど、震えて少し甲高くなった声が黒蜜糖の感情を伝えていた。

「……また、朔月の晩に会えるよ。」

 そういうと銀色は黙々と作業を再開した。

「月彦はもう羅針盤を持っていないのに、」

「さぁ、どうだろう。会えるかもしれないし、会えないかもしれない。」

「次に逢ったとき月彦は、ぼくらのことが分かるかな、」

 瞼の縁に、今にも溢れそうなものを湛えた黒蜜糖にジッと見据えられる。

「大人になってしまったら、ぼくたちのことが判らなくなくなってしまう日がくるんだろうね。でもまた彼の子どもがぼくたちを見つけてくれるかも知れないよ。」

 下手な慰めかも知れない。銀色は自分でもらしくない事を言っていると思って、椅子を引き横向きに座って頬杖をついた。

「ふぅん……銀色ってさ、案外夢見がちだよね。」

 黒蜜糖がそうやって座ると、行儀が悪いと小言を言っている銀色が、これまた彼らしくない態度をしてみせた。滅多に見られない銀色の姿に気が反れたのか黒蜜糖は泣き笑いのような顔をした。

「まさか。十分現実を見てるよ、手間の掛かる誰かさんのお蔭でね。」

 そう言いながらも銀色の体はあちらを向いたまま、黒蜜糖はその間に袖口で目元を拭った。

「きっとその頃になってもぼくはきみのお世話になっていると思うよ。」

 クスクスと笑いながら、悪びれもせずに言う黒蜜糖が卓の上に身を乗り出していうので、

「ぼくは割合世話焼きな性質だからね、丁度好いのさ。」

 銀色は苦笑いを返しながら黒蜜糖の鼻をつまんでやった。ふたりして笑い合って、沈んだ気持ちが少しましになったように思う。少しだけだよ、とお互い約束して、食べたキャラメルは甘くて美味しいのに、どこかほろ苦いような匂いがした。





 季節が巡って、また羅針盤の針が止まる頃、月のない星だけが瞬く夜になったらこの庭で……。







個人誌『Caramel』05/01/09 に収録

私の書く話って気が付いたら食べ物が
出てくる…ぐりとぐらとか美味しそう
な話が好きなんです。キャラの性格が
別人でスミマセン…オリキャラかよ!





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