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リビングルームに置いてある皮張りの大きな白いソファで、温はぼんやりしていた。背もたれに腕を引っ掛けて天井を見ていると、Quitoが足元にじゃれついてきた。手を差し出すと飛びついて膝の上に登ってきて、短いしっぽを嬉しそうにパタパタと振った。胴体が短い割りに、足と顔は長くて、ぬいぐるみのようだ。モコモコした毛を撫でていると、頭の上から辰の声がした。
「あんまり甘やかすなよ、」
夕飯の後片づけを終えた辰が隣に座ってきた、ソファがふわっと揺れる。
「大丈夫だよ、Quitoの方から遊んでって近寄ってきたんだから。」
温が、そおっと傍を伺うと、辰はもう新聞を読み始めていた。さっきQuitoがしてきたように、辰に構ってもらいたくて、腕にもたれかかる。
「こら、重いだろう、」
辰はスッと躰を避けてしまう。体重をかけていた腕がなくなって、温はコテンと倒れてしまった。落ちた先は辰の膝の上。下から見上げると随分と睫が長い。レンズをかすりそう、と思いながら手を伸ばす。眼鏡を取ると、ようやく温を見てくれた。もう一度辰の方へ腕を伸ばし、頸を引き寄せた。逆さまに合わさった唇は、一瞬触れるか触れないかで離れていってしまう。温が動いたせいで床の上に落ちたQuitoがちょっと抗議するように吠えた。
「そろそろケージに入れてやりなさい。」
キスしたのに辰は何でもないことのように云って、また新聞を読み出した。
「うん。じゃあ、先にシャワー使うね。」
シャワーを浴びてリビングに戻ると、辰はコーヒーを飲んでいた。何気ない仕種でも様になる。合い鍵の主たちもこんな辰を見たことがあるのかと思ってくやしかった。薄い唇が睦言を囁き、綺麗な指と冷たい掌が肌をなぞるのだろう。想像した途端、ぶわっと血が逆巻くように感じた。頭にかぶったタオルの端を掴み、ほてった頬に押し当てる。ふいに辰が背後を振り返って手招いた。促されるまま膝の間に座ると、
「ちゃんと乾かさなきゃ駄目だろう、」
大きな手がタオル越しに髪をかきまぜる。
「何で分かったの、」
「良い匂いがしたから。」
そう云われて襟元を掴んで匂いをかいでみるが良く分からない
「そうかなぁ、」
「自分では分からないもんだよ。」
「少しぐらいはドキっとした、」
「ばぁか、子ども相手にそんな気起こさないよ。」
焦れったい程優しいキス。
「もっと、ちゃんとしてよ。」
「大人を揶揄うのは止めなさい、」
笑ってごまかそうとしたって駄目だ。
「いくつになったらおとなだって認めてくれんの、」
「お前のはただ甘えたいだけだろう、」
それも確かにあるけど、それだけじゃない。
「違う。キスだけぢゃなくて、もっと先のこともしたい。おれだって、辰に触りたいんだ。」
「抱いていいの。」
迫りくる辰の、妙に余裕な表情が腹立たしい。解かっているくせに、わざわざ問い返されたのも癪に触った。
「ばか、」
温は逃げながらクッションを押しつけて距離を取った。広いソファにも限りがあって、追い詰められた温は足を滑らせて背中から倒れた。その上へ辰もかぶさる。やすやすと両手を拘束した辰は、緊張から小刻みに震える温に気づくと、あっさり手を放した。そのまま立ち上がって行ってしまいそうなのを留めるために、
「辰、」
と名を呼んだ。ジっと上目使いに見上げる。まばたきも忘れて見つめていると、根負けした辰がソファに腰を据え、非難がましいため息をついた。子ども扱いするから、それらしくふるまっただけだ。膝の上へ乗って頚に腕を巻きつけると、背を撫でられる。辰の掌が、躰が、常になく熱を帯びている。怖気づきそうになる自身を震い立たせ、思いきって体重をかける。油断していた辰は呆気なくソファに沈んだ。
「言っておくけど、おれには男を押し倒す趣味なんてないんだ。ヘテロなんだから。」
「……一応、女だけど。」
「誤魔化すなよ……。だからさ、辰に任せるって云ってんの、」
好きにしろ、と云うと辰はやっぱり困ったような顔をした。焦れた温が仕掛けた不器用なキスは、やっぱり上手くいかず歯があたってしまって、
「下手くそ、」
揶揄いを真に受けた温が傷ついた顔をすると、
「お前が上手い方がおれは嫌だよ。」
困惑して眉を下げた辰が、今度は自分から喰らいつくように唇を合わせた。唇を甘く咬まれて、痺れたようになった。滑り込んだ舌が口内を糅躙すると、早くも眩暈がして意識が飛びそうになる。
「この程度で音をあげるなよ、」
辰は力の抜けた温を抱え上げて、寝室へと運んだ。
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