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或る日の午后、雨宿は唐松の木の下で星宿の帰りを待っていた。
チラチラと雪の舞散る季節になっても未だ深緑の葉を携えた樹々の枝の間から、天まで突き抜けるように澄みきった高い空を見上げる。眩しさに手を翳しながら目を凝らしてはみたものの、彼らしき姿は見つからない。
そうこうしているうちに日も少し傾いてきて、調度良い具合に枝葉の隙間から柔らかな木漏日が降り注ぐ。暖かい日溜りに包まれた雨宿は待ちくたびれて何時の間にか眠ってしまった。
日が翳ってきたのを潮に、這松の果を蒐めるのは止めにして、塒へ戻る。この辺りで一等背の高い唐松へ着くと、隆起した木の根の合間に収まって雨宿が寝息をたてていた。
「雨宿、雨宿。」
揺すられて目を覚ますと起こしていたのは星宿だった。
「こんな所で寝ていたら風邪を引いてしまうよ、」
お腹を抱えて丸くなっていたので、気付かなかったのだが。起き上がった雨宿の頸には、いつも巻いている褐色の襟巻がなかった。その代わりに白い包帶を巻いてある。
「どうしたの、」
「あんまり良い天気だったから巣穴から出て幹の節の所へもたれて、日向ぼっこをしていたんだ。そしたら上の枝から雪の塊が落ちてきて、その上この陽気で雪が解けかかっていた所為で翼が濡れて飛べなくって……」
確かにこの冬は暖かい日が続いているので日向へ出ていた雨宿の気持ちは分からないでもないのだが、雪が解けやすいのも分かりそうなものなのに。いつもそそっかしい星宿ならともかく、雨宿がそんな失敗をするなんて珍しい。
頸の繃帯は落ちる途中に枝に引っかかって出来た傷で、襟巻は駄目になったものの掠っただけらしい。とは言え、細い頚に巻かれた繃帯は、白さが目立って痛々しい。星宿が頸筋へ指先で触れると、雨宿の手がそれを払った。
「ごめん痛かった、」
雨宿が掌で頸を覆っているのを見て星宿が謝った。
「別に。」
ぶっきらぼうに答えて俯いた雨宿の耳朶が、みるみる紅く染まっていった。
「熱があるのかな、」
星宿が額に手を当てると、
「鈍感、」
雨宿はそう呟いて、星宿の襟元へ顔を埋めた。
「え、何が。」
雨宿は何でも直ぐ顔に出てしまう自分が悔しくて、
「分からないんなら良いさ、」
強がりを言った。
「ねぇ、ソーイも捕まらないし……寒くて仕方ないから暫らくの間泊めてよ。」
「勿論構わないけど、狭くないかな、」
星宿は相槌を打ちながら、雨宿の睛の中で揺れる白い環に見入っていた。
「星宿が嫌ぢゃなければ良い。」
雨宿は星宿を見詰め返し、彼の肩に腕を掛けて、
「上まで連れて行って。」
と強請った。星宿は雨宿をそっと抱き上げて自分の塒へ飛んだ。
「本当はね、ずっときみのこと見ていたから雪を避け切れなかったんだ。」
驚く星宿に追い討ちを掛けるように雨宿が言った。
「きみのせいなんだから、残りの冬は襟巻変わりに暖めてくれよ。」
ふたりは春になって雪が解けるまでひとつ巣穴で一緒に過ごしたそうだ。
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